『ファブリカ』の扉絵(1)−ヴェサリウスの解剖講義
サイトのトップ画面に掲載した画像は、16世紀ルネサンス期の解剖学書『人体の構造についての7つの書』の扉絵(部分)です。
通称『ファブリカ』と呼ばれるこの書は、1543年にスイスのバーゼルで初版が出版されました。著者はブリュッセル出身の解剖学者アンドレアス・ヴェサリウス(1514-1564)。当時28歳にしてイタリアのパドヴァ大学教授、この書を献呈した神聖ローマ帝国皇帝カール5世に認められ、王室の常任家庭医に引き立てられました。
扉絵の木版画を制作したのは、これまで、ティツィアーノの弟子であるフランドルの画家ヤン・ステファン・フアン・カルカールだと言われていました。しかし現在では異論もあり、厳密には確定していないようです。いずれにせよ、全体に満ちている躍動感と緊張感には圧倒されますね。大変な技量の持ち主であることが窺えます。『ファブリカ』に掲載された解剖図の数々も、当時としては群を抜いた正確さ、美しさで、現代の私たちをも魅了し続けています。
ヴェサリウスは当時としては珍しく、自ら死体を調達し、解剖の研究を重ねた人物です。そして人体を丹念に観察し、その成果を『ファブリカ』に結実させました。同時に、彼の指示に基づきその構造が忠実に描かれたことにより、『ファブリカ』は当時、医学者たちの間で大変な評判を呼んだそうです。簡略版の『エピトメー』(1543年)や第2版(1555年)も出版され、海賊版も多数出回ったほどで、『ファブリカ』はその後の解剖学を基礎付ける歴史的な書物となりました。
改めて扉絵を見てみます。中央の解剖台には女性の死体が置かれ、その左脇に立っている男性がヴェサリウス。こちらに目を向け、静かに何かを語りかけてくるかのようです。周囲には立錐の余地がないほどに群衆が詰めかけ、驚愕、好奇、嫌悪などさまざまな表情を浮かべています。貴族や聖職者とみられる人々も混じっており、公開解剖講義の場面であることが分かります。
当時の解剖講義では、死体を解剖するのは外科医か床屋の役割で、教授は高椅子に座って医聖ガレノスの著書を読み上げるだけでした。これに対してヴェサリウスは、自ら解剖を行い説示をするとともに、学生たちにも手伝わせながら人体の構造、機能を学ばせたと『ファブリカ』の中で記しています。
以上の内容は、ヴェサリウスの生涯を解説した歴史的名著、チャールズ・D・オマーリーの『ブリュッセルのアンドレアス・ヴェサリウス』(カリフォルニア大学出版、1964年)と、『ファブリカ』の解剖図を中心に解説したJ・B・deC・M・サウンダースとオマーリー共著による『ブリュッセルのアンドレアス・ヴェサリウスの著作における図表』(ドーヴァー出版、1973年)を参考にしました。前者については我が国解剖学の第一人者である坂井建雄氏(順天堂大学大学院医学系研究科主任教授)の翻訳があります(エルゼビア・サイエンス ミクス、2001年)。
なお、このサイトの画像は後者の『図表』から取得しました。同書の奥付により、著作権上の取り扱いについては問題がないことを確認しています。
ヴェサリウスの当時の時代背景については、次回。
(原藤健紀)
2025年8月13日

No comment