『ファブリカ』の扉絵(8)−豊臣秀吉が聴いた西洋の曲とは
アンドレアス・ヴェサリウス(1514-1564)が生きた時代、日本では何が起きていたのでしょうか。『ファブリカ』が出版された1543年は種子島に鉄砲が伝来し、戦国時代の幕開けといった時期に当たります。今回は年初ということもあり、ヴェサリウスが仕えた神聖ローマ帝国皇帝カール5世(1500-1558)、スペイン国王フェリペ2世(1527-1598)の親子と日本との関わりについて考えてみます。
カール5世は生前、フランドル楽派のジョスカン・デ・プレが作曲した「千の後悔」という曲を好んで聴いていました。別れた恋人の面影を思って繰り返し後悔するという曲で、歌詞はこのようなものです。
我は千度悔いる
貴方の元を去り、愛しきかんばせを失ったことを
その苦しみ、悲しみの大きさゆえ
我が人生もまもなく終わらん
晩年のカール5世はうつ状態になることが多く、憂いに満ちたこの曲には慰められたことでしょう。スペインの宮廷音楽家ルイス・デ・ナルバエスがこれをビウエラ(ギターに近い楽器)用に編曲し、献上したことから「皇帝の歌」と呼ばれるようになりました。
時は下って1591年(天正19年)の日本。豊臣秀吉は京都の聚楽第で、伊東マンショら天正遣欧少年使節の謁見を受けます。少年使節はその前年に帰国していましたが、1587年には伴天連追放令が出されており、彼らは微妙な立場に置かれていました。しかしこの時秀吉は盛大に彼らを歓待します。優しく言葉をかけ、そして西洋の音楽を演奏するよう求めました。ポルトガル人宣教師のルイス・フロイスが同席しており、彼の『日本史』第二六章(第三部一五章)でその模様が記されています。
関白はまた四名の公子に音楽を奏でて聞かせてもらいたいから、自分の前に出るようにと命令した。そしてそのために用意されていた楽器がただちに届けられた。四名の公子はクラヴォ、アルパ、ラウデ、ラヴェキーニャの楽器を演奏し始め、それに歌を合わせた。彼らはイタリアとポルトガルでそれぞれ十分習っていたので、立派な態度で実によく軽やかに奏でた。
関白はこれらの音楽を非常に注意深く、かつ珍しそうに聞き、彼らをしてもっと歌を歌わせた。というのは、公子らは、関白への敬意から、彼を煩わせてはいけないと思い、少しく楽器を奏でた後は弾奏を中止したからであった。彼は同じ楽器で三度、演奏し歌うことを命令した。その後、楽器を一つずつ自らの手にとって、それらについて四名の日本人公子に種々質問した。なおその他、彼はヴィオラ・デ・アルコとレアレージョ(携帯風琴)を弾奏するように命令し、それらすべてをきわめて珍しそうに観察し、彼らに種々話しかけ、汝らが日本人であることを大変嬉しく思うと述べた。
(『完訳フロイス日本史5』中公文庫)
我が国の古楽研究の第一人者である皆川達夫先生は、この時少年使節が演奏した曲は「皇帝の歌」だったのではないかと推察されています。少年使節も教会音楽は封印したでしょうし、なおかつこの曲が声楽曲で、弦楽器のみで伴奏できることから、確かに最有力候補だと思われます。何より曲名が「皇帝の歌」ですから、秀吉も気をよくした可能性があります。
しかし何事にも派手好みな秀吉のこと、感傷的なこの曲とは別の曲だった可能性もあえて考えてみました。いろいろ探した結果、打楽器が入っているといった難点はありますが「ロドリゴ・マルティネス」はどうだろうと思い至りました。作詞・作曲者不詳の曲で15世紀末にはフォリアの形式で演奏されていました。その歌詞はこのようなものです。
ロドリゴ・マルティネスがガチョウたちに囲まれているよ、ヘイ!
牛だと思って笛を吹くよ、ヘイ!
ロドリゴ・マルティネスはハンサムな男
ガチョウのヒナを川に投げるよ、ヘイ!
牛だと思って笛を吹くよ、ヘイ!
ロドリゴ・マルティネスは大変陽気
ガチョウのヒナを川に投げるよ、ヘイ!
牛だと思って笛を吹くよ、ヘイ!
少し無理筋の選曲でしょうか。しかし歌詞の意味は深く考えなくていいでしょう。この曲も16世紀には大変人気があり、スペインの宮廷でもよく演奏されていたようです。つまりカール5世やフェリペ2世も当然聴いていたはずです。優美でありながら滑稽、哀愁に満ちていながら激情に駆られるような曲で、もしこれを秀吉が聴いたら何度もアンコールしたくなったのではないかと思われます。
ポルトガル国王でもあったフェリペ2世は、南蛮貿易やイエズス会の布教活動などで秀吉とは深い因縁がありました。お互いが書状を直接交わすことはありませんでしたが、音楽が両者を意外な形で結んでいたと思われます。
「皇帝の歌(千の後悔)」と「ロドリゴ・マルティネス」は以下の動画サイトがお薦めです。
カール5世 千の後悔:エスペリオン21 ジョルディ・サヴァール
黄金の世紀の歌曲集:エスペリオン20 ジョルディ・サヴァール
(原藤健紀)
2026年1月15日

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